社長という肩書きの裏にある不安と孤独

50歳になって思う。
経営というのは、悩みや不安が絶えないものだ。
表向きには、事業を続け、社員を雇い、ある程度の実績を積み上げてきた。
他人から見れば「成功している経営者」に見えるかもしれない。
しかし実際の内側は、裕福というほどではなく、心の中は不安でいっぱいだ。

若いころに離婚し、子どももいない。
独身のまま経営を続けてきたことを、今では良かったと思う。
もし家族がいたら、とてもじゃないが家族の時間を割けなかっただろうし、この仕事を今の形では続けられなかったはずだ。

50歳、人生の折り返しを過ぎた今、
これからの終盤をどう迎えればよいのかを考えることが増えた。
経営者に向いていないというより、そもそも「生きること」に自分は向いていないのではないか?
そんな弱音が心の奥から顔を出すこともある。

人は、外から見える姿と内側の本音の間に大きなギャップを抱えて生きている。
経営者という立場はそのギャップが特に大きい。
会社を守り、社員を守り、責任を負うほどに、誰にも見せられない孤独と疲労が積み重なっていく。

それでもこうして文章にしてみると、少なくとも「自分は正直に感じている」ことがわかる。
そして、正直に感じることをやめない限り、きっとどこかで自分なりの答えにたどり着けるのではないかと思う。

それでも今日も、私はコーヒーを淹れ、会社を動かし、人生を生きている。
これが「向いていない」と思う人間の精一杯の生き方なのかもしれない。

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